
【キーワード】たんぱく質立体構造モデリング、タンパク質リガンドドッキング、創薬インフォマティクス、分子動力学計算
新薬開発の標的となる受容体タンパク質の立体構造・相互作用情報に基づいて医薬品設計を行うStructure-Based Drug Design(以下SBDD)が構造ゲノミクスの進展により改めて注目されてきている。計算機的手法による従来のSBDDでは、標的タンパク質の高精度な立体構造座標が必要で、さらに化合物とのドッキング計算では、効果的な構造探索や相互作用エネルギー値の精度が求められている。しかし、既存の医薬品の標的タンパク質ファミリーの1つと知られているF-protein Coupled Receptor(以下GPCR)などは、結晶構造が皆無に近いという現状があり、計算機的手法による分下モデリング技術に期待が高まっている。またGPCRと並ぶ代表的な標的タンパク質であるTyrosine Kinaseファミリーについても、結晶構造が比較的多く存在するものの、化合物結合前後では構造変化が生じていることがあり、SBDDに対応した適切な構造への最適化と評価が必要とされている。
このような背景の中、私たちは標的タンパク質の分子モデリング法の開発と化合物とのドッキング計算、そしてバーチャルスクリーニングへの展開を目指して研究を行っている。
GPCRファミリーとTyrosine Kinaseファミリーについて、比較モデリング法と分子動力学計算法を中心に、標的タンパク質構造ごとに特化した分子モデリングを行っている。例えば、GPCRは7本の膜貫通ヘリックスを持つ標的タンパク質であるが、ヘリックス間の安定に存在するために必要なアミノ酸残基と、化合物を受容するために必要なアミノ酸残基を配列解析から推定し、その結果を立体構造予測に反映させる戦略をとっている。分子モデリング実施例には、ヒスタミン受容体(図1)などが擧げられる。
図1 ヒスタミンH2受容体(ヒト)の分子モデリング:膜面(緑)から水平方向に投影。
タンパク質と化合物間のドッキング計算法には、これまで多くの先行研究が報告され、利用可能なソフトウェアも提供されている。しかし、ドッキング計算の精度がタンパク質や化合物の種類に依存するなど、化合物結合候補構造探索と結合評価関数改善への課題が残っている。我々は、標的タンパク質立体構造を構築後、代表的な化合物(阻害物等)を活性化部位に対してドッキング計算し、化合物結合状態を評価する方法(CoLBA法)を開発している。CoLBA法とは、ドッキング計算によって得られた候補構造を相互作用エネルギーだけで一意に決定せず、複数の化合物間の結果を利用して、標的タンパク質との原子間接触プロファイルを相互比較しながらコンセンサスのある結合状態を決定するという特徴を持つ化合物結合予測法である。これにより相互作用エネルギーのみに依存しない、柔軟でかつ直感的なスクリーニングが実現しつつある(図2)。
図2 CoLBA法によって選択されたヒスタミンH1受容体に対する3種類の阻害剤の結合モデル。
標的タンパク質の分子モデリングおよび化合物とのドッキング計算から得られた標的タンパク質ー化合物複合体モデルをもとにバーチャルスクリーニングを行う。バーチャルスクリーニングでは、標的タンパク質に対する基地の活性化化合物群とランダム化合物ライブラリから選択された非活性化合物群を用いてヒット率をシミュレーションし評価を行う。この評価の結果を標的タンパク質の分子モデリングやドッキング計算過程にフィードバックし標的タンパク質-化合物複合体モデルを最適化する。さらに、共同研究等が可能であれば、実際に数百万件の化合物ライブラリから複合体モデルに基づいて化合物を選定し、生理活性を評価することも視野に入れている。