
今や日本人の2人に1人ががんを経験する時代。年間37万人以上もの人ががんで亡くなる一方、診療の進歩により、がんの年齢調整死亡率は減少傾向にあります。近年はとくに、分子標的治療薬ががんの治療成績を大きく改善しました。しかし、アキレス腱の不明瞭ながん、薬剤を作りにくい標的分子、根治を阻む薬剤耐性など、今なお多くの課題が残されています。当研究分野は、これらの課題を克服する革新的がん薬物療法の確立を目指し、標的となりうるテロメア制御機構・がん幹細胞(清宮)、がん細胞の環境適応機構(冨田)、薬剤耐性化機構・がん転移機構(片山)といった多岐にわたる基礎研究を展開しています。そして、これらの成果を基盤とした創薬研究およびトランスレーショナルリサーチに取り組んでいます。
【キーワード】分子標的、がん創薬、テロメア、グアニン4重鎖、がん幹細胞
当研究室は、がん細胞の不老不死性と密接な関係にある染色体末端構造「テロメア」およびがんの起源となる「がん幹細胞」に焦点をあて、その本態解明と創薬応用を目指した研究を推進しています。
1)細胞老化の時限装置として働くテロメアががん形質に及ぼす影響を追究するとともに、テロメアのグアニンに富む核酸配列が形成する特殊な構造体、グアニン4重鎖(G-quadruplex: G4)に着目しています。G4を安定化するG4リガンドは、神経膠芽腫などの難治がんの増殖を抑制することから、これを新たながん分子標的治療薬として実用化する開発研究、薬効予測バイオマーカーの同定を目指した基礎研究を進めています。
2)テロメア再生酵素テロメラーゼの機能を促進するポリ(ADP-リボシル)化酵素、タンキラーゼに関する基礎研究を進めています。タンキラーゼは発がんや幹細胞制御に寄与するWnt/β-カテニンシグナルの促進因子でもあり、革新的制がん創薬シーズとして、阻害剤の創製とその臨床応用を目指した開発研究を進めています。
3)不均一で可塑的ながん細胞集団において、腫瘍塊を形成する能力が特に高く、薬剤耐性や再発の原因となるがん幹細胞が注目されています。私たちは、機能ゲノミクス探索・網羅的遺伝子発現解析・シングルセル解析などを通じて、がん幹細胞を駆逐する標的分子の同定を目指しています。
【キーワード】がん微小環境、創薬、がん代謝、小胞体ストレス応答、低酸素応答、オートファジー
当研究室では、がんに特徴的にみられる生体内での増殖環境(微小環境)に着目し、がん微小環境選択的な分子標的治療法の開発研究に取り組んでいます。生体内においてがん細胞は、低酸素や栄養欠乏といった劣悪な微小環境で生き延びるため、正常細胞とは異なる代謝機構を備えるとともに、環境ストレスに対して適応応答し、自らを保護しています。そこで当研究室では、低酸素や栄養欠乏に対する細胞の反応を中心に、遺伝子発現解析やバイオインフォマティクスの技術等を駆使し、生体内における増殖環境へのがん細胞の適応応答の解析を行っています。そして、微小環境におけるがん細胞の適応応答を制御しがん細胞を選択的に死滅させる、新しい分子標的治療法の開発を目指して研究を進めています。とりわけ、UPRやISRと呼ばれるストレス応答、低酸素応答、糖代謝制御、翻訳制御、オートファジー、エピジェネティック制御などに興味をもって研究を進めています。一方で、臨床検体等での遺伝子発現解析を通じた、薬剤の有効性診断や治療抵抗性がんに対する新たな分子標的探索の研究にも取り組んでいます。
【キーワード】薬剤耐性、がん免疫、分子標的探索、がん転移、血小板
当研究室では、がん分標的治療薬創製に向けた基礎研究・創薬研究として、がん研有明病院の医師と連携しながら臨床検体も活用し、以下の4つのテーマを中心に研究しています。 1) 現在、肺がんをはじめ様々ながんの治療薬として広く用いられているがん分子標的薬は、その適応となる遺伝子異常を有するがんにおいては、進行がんであっても劇的な腫瘍縮小効果を示すことが多いですが、数年以内に薬剤耐性腫瘍が出現することが問題です。我々はこの獲得耐性の分子機構を、実際の臨床検体を用いて次世代シーケンス解析と細胞生物学的手法を駆使することで明らかにするとともに、耐性克服療法の探索や、より有効な分子標的薬の創製、そして、なぜ耐性出現から逃れられないかの解明を目指しています。 2) 当研究室では過去に、転移がん細胞表面に発現している血小板凝集因子として、Podoplanin(別名Aggrus)を同定しています。この転移促進因子Podoplaninは血小板上のCLEC2分子と結合し、血小板の活性化を誘導しますが、この両者の結合を阻害する中和抗体や、低分子化合物を創製し、転移阻害薬として臨床応用することを目指しています。また、Podoplanin等により活性化された血小板が腫瘍において有する生理的役割の解明といった基礎研究と、血小板活性化が新たな治療標的となりうるかといった研究を行っています。 3) がんの新たな薬物療法として、近年様々ながん種において幅広く使用されるようになってきた免疫チェックポイント阻害薬などのがん免疫療法は、2~4割程度の患者において長期にわたる治療効果が期待されています。しかし、がん分子標的治療薬と同様に獲得耐性が生じることが問題です。我々は、臨床検体と同系マウス腫瘍モデルを用いてがん免疫療法における治療抵抗性機構の解析と、その克服法の探索を行っています。 4) 進行大腸がんの治療においては、殺細胞性抗がん剤を組み合わせた薬物療法が主流であり、抗EGFR抗体や血管新生阻害薬と殺細胞抗がん剤との併用療法以外では、がん分子標的薬はまだ広く用いられていません。我々は、進行大腸がん手術検体より培養細胞株を多数樹立し、それらを用いた新規治療標的と治療法の探索研究を行っています。