
【キーワード】ユビキチン-プロテアソーム系、タンパク質分解、プロテオスタシス、液-液相分離、質量分析
ユビキチン・プロテアソーム系(UPS: ubiquitin-proteasome system)は異常なタンパク質や役目を終えた機能タンパク質を選択的に分解することで、タンパク質恒常性(プロテオスタシス)の維持のみならず遺伝子発現、シグナル伝達など様々な細胞機能の制御に必須の役割を果たしています。そのため、ストレスや遺伝子変異によるUPSの破綻は、神経変性疾患や自己免疫疾患、がんなどの様々な疾病を引き起こすこと、さらには個体老化とも密接に関連することがわかってきました。一方、プロテアソーム阻害剤や標的タンパク質分解誘導剤PROTACなどUPS創薬が世界的に進展しております。しかしながら、UPSは大規模かつ複雑な生体防御システムであり、UPSの基本的な作動機構と高次での生理機能について我々の理解は十分とはいえず、またUPS創薬のターゲット分子や評価系も限られているのが現状です。
そこで、私たちの研究室では、質量分析や定量イメージング、ケミカルバイオロジーの手法を用いてUPSの基本的な分子メカニズムを解明すること、また、最近作出したプロテアソーム病モデルマウスを用いて個体レベルでのプロテアソーム研究を推進することで、UPS関連疾患の発症機構解明や創薬研究に貢献することを目指しています。
従来、ユビキチン化基質はプロテアソームにより直接識別され分解されると単純に考えられてきましたが、私たちは、ユビキチン選択的シャペロンp97(別称VCP、Cdc48)やシャトル分子RAD23Bなどがプロテアソーム基質の選別やプロテアソームへの輸送に重要であることを見出しました(Mol Cell 2017; Nat Commun 2018, 2019)。また、枝分かれした複雑なユビキチン鎖がプロテアソームによる分解を増強することを見出しています(PNAS2018; Mol Cell 2021)。さらに、プロテアソームには多数の相互作用分子が存在するため、プロテアソームによるタンパク質分解は様々なレベルで厳密に制御されていることが示唆されます。そこで、現在、ユビキチン修飾の構造多様性(ユビキチンコード)、ユビキチン結合分子(デコーダー分子)、基質タンパク質について定量プロテオミクスによる網羅的解析とケミカルバイオロジーによる介入実験を組み合わせることで、本分解経路の分子ネットワークと作動機構の解明に挑戦しています。
プロテアソームは細胞質と核質に拡散して存在しますが、最近、私たちは高浸透圧ストレス刺激により、プロテアソームがユビキチン化基質とともに液-液相分離(LLPS: liquid-liquid phase separation)してタンパク質分解のための液滴を形成することを見出しました(Nature 2020)。他のストレス刺激によってもプロテアソーム液滴が形成することを見出しており、ユビキチンとプロテアソームの相分離は、ストレスにより攪乱されたプロテオスタシスを是正するための新たな細胞応答と考えられます。ユビキチン化基質のLLPSは、さまざまな神経変性疾患において共通して観察されるユビキチン陽性封入体の形成と関連する可能性があるため、現在、人工的なユビキチン依存的LLPS誘導法の開発や各プロテアソーム液滴の分解基質について詳細な解析を実施しています。
プロテアソームは全ての細胞の生存に必須ですので、ノックアウトマウスを用いた解析はあまり有効ではなく、個体レベルでのプロテアソーム研究は大きく立ち遅れています。そこで最近、私たちは、自閉症患者より見出されたプロテアソーム遺伝子変異をもとに全身性のプロテアソーム機能減弱マウスを作製しました。このプロテアソーム病モデルマウスを解析することで、プロテアソーム機能がどのライフステージで重要なのか、どの組織で大事なのか、さらにはプロテアソーム機能の低下が実際に神経変性疾患や老化を引き起こすのか?等の問いに答えることができると考えています。
1.Kaiho-Soma et al. Mol Cell 2021「PROTAC効果を増強するユビキチンリガーゼの発見」
2.Yasuda, Tsuchiya, Kaiho, et al. Nature 2020「プロテアソームの液-液相分離の発見」
3.Sato, Tsuchiya, Nat Commun 2019「p97のユビキチン鎖認識機構の解明」
4.Tsuchiya, Burana, et al. Nat Commun 2018「ユビキチン鎖の長さもコードである」
5.Ohtake et al. PNAS 2018「分岐型ユビキチン鎖による分解誘導」
6.Tsuchiya et al. Mol Cell 2017「プロテアソーム基質選別機構の解明」