メディカルサイエンス群/基幹講座山岸研究室
(感染症ゲノム腫瘍学分野)
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山岸 誠 准教授
感染症ゲノム腫瘍学分野は、メディカル情報生命専攻の基幹講座として2023年4月に白金台キャンパス(東京大学医科学研究所)でスタートした研究室です。世界では依然としてがんと感染症が大きな脅威であり、宿主と病原体の理解を深める基礎研究の重要性が改めて認識されています。私たちは、分子生物学・ゲノム医科学・データサイエンスを横断的に統合し、ゲノム/エピゲノム/シングルセル解析などの最先端技術を臨床研究へ実装することで、慢性ウイルス感染症および難治性血液がんを中心に、発症機序の解明と新たな診断・治療法の創出に取り組んでいます。
- 研究キーワード
- ゲノム、エピゲノム、創薬研究、HTLV-1、レトロウイルス、血液悪性腫瘍
(1)ウイルスによる腫瘍化メカニズムに関する研究
ウイルス感染症の中には、長い潜伏期を経て重篤ながんを引き起こすものが存在します。私たちは、ヒトT細胞白血病ウイルス1型(Human T-cell leukemia virus type 1, HTLV-1)やエプスタイン・バーウイルス(EBV)を対象に、腫瘍化メカニズムの解明、および成人T細胞白血病リンパ腫(ATL)、HTLV-1関連脊髄症(HAM/TSP)、EBV関連疾患の研究を行っています。さらに、白血病・悪性リンパ腫などの他の血液腫瘍や、HIV-1感染における分子病態・潜伏化についても研究を進めています。臨床検体を用いた次世代シーケンス(NGS)技術やシングルセル解析技術などを取り入れ、実験医学とデータサイエンスの両輪で推進することに特に力を入れています。臨床ビッグデータと統合オミクスを基盤に、発症機序の解明から早期診断・発症予防・新規治療の創出へとつなげる成果の発信を目指しています。
(2) がんと感染症のエピゲノムコードに関する研究
エピゲノムとは、遺伝情報(ゲノム)の使い方を規定する層であり、年齢や環境によって動的に変化します。私たちは、レトロウイルス感染が宿主細胞のエピゲノム(ヒストン修飾・DNAメチル化・クロマチン構造)を大規模に再配線することを明らかにしてきました。こうした変容は、感染によって宿主細胞に刻まれる本質的な改変であり、発症機序・分子病態・細胞運命制御に直結します。現在、がんや感染症で形成される異常エピゲノムの特徴・多様性・可塑性に注目し、ウイルス感染やがんに共通する「エピゲノムコード」の解読を目指して研究を進めています。
(3) がんや感染症のクローン進化に関する研究
クローン進化(clonal evolution)とは、共通祖先クローンにゲノム異常やエピゲノム変化が確率的に蓄積し、分岐して生じたサブクローンが自然選択(natural selection)のもとで適応・拡大していく過程を指します。がんは、個体内で長い年月をかけてどのように多様性を獲得し、進化・適応するのでしょうか。この問いに答えることは、がんの発生・進展の理解と、診断・治療戦略の確立に直結します。
私たちは、前がん状態にある細胞集団やウイルス感染によって生じる多様な感染細胞集団が、いかにクローン進化して疾患に至るのかというメカニズムに関心を持ち、研究を進めています。多様性を高解像度で捉えるために、高深度シーケンスやシングルセル解析を駆使し、進化の軌跡と選択圧を明らかにします。
(4) データサイエンスを駆使した新たな治療薬開発研究
基礎研究の成果は、新たな診断・治療の創出につながります。私たちは、悪性リンパ腫やウイルス感染細胞のエピゲノム解析から、クロマチンの凝縮を駆動する酵素 EZH1/2(H3K27メチルトランスフェラーゼ)に着目し、製薬企業との産学連携により EZH1/2阻害薬 の開発に成功しました(Yamagishi et al., Nature, 2024)。この成果は、難治性疾患に対するエピゲノム標的治療の可能性を示すと同時に、臨床検体や疾患モデルを用いた分子病態・発症機序の解明という基盤研究の重要性を改めて私たちに教えてくれました。私たちは、基礎研究とデータサイエンスを通じて、新しい治療薬開発研究に力を入れ、研究しています。
(5) さまざまな感染症に関する研究 (東京大学UTOPIAとの共同研究)
東京大学 国際高等研究所 新世代感染症センター UTOPIAとの共同研究で、さまざまな感染症に対する基礎研究(免疫学、宿主とウイルスの相互作用、ウイルスゲノム進化、疫学など)を行っています。大学院で感染症研究を学びたい方はご連絡ください。
参考文献・論文
- 参考文献:
- Yamagishi et al., Nature. 627, 221-228, 2024
- Yamagishi et al., Nat Commun. 12, 4821, 2021
- Nagasaka et al., Proc. Natl. Acad. Sci. U S A., 17, 11685-11691, 2020.
- Yamagishi et al., Cell Rep., 29, 2321-2337, 2019
- Yamagishi M and Uchimaru K. Curr. Opin. Oncol. 29, 375-381, 2017.
- Fujikawa et al., Blood, 127, 1790-1802, 2016
- Yamagishi et al., Cancer Cell, 21, 121-135, 2012
- 東京大学プレスリリース:
- 2025年8月、新たな抗体療法で難治性血液がんを制圧へ (Leukemia誌)
- https://www.k.u-tokyo.ac.jp/information/category/press/11706.html
- 2025年6月、HTLV-1関連脊髄症における新たな治療法の開発 (JCI Insght誌)
- https://www.k.u-tokyo.ac.jp/information/category/press/11627.html
- 2024年3月、EZH1/2阻害薬の作用機序、耐性化機序の解明 (Nature誌)
- https://www.k.u-tokyo.ac.jp/information/category/press/10804.html
- 2021年8月、成人T細胞白血病のクローン進化メカニズムの解明 (Nature Communications誌)
- https://www.k.u-tokyo.ac.jp/information/category/press/8639.html
- 2016年1月、成人T細胞白血病のエピゲノム異常の解明とEZH1/2阻害薬の開発成功 (Cell Reports誌)
- https://www.k.u-tokyo.ac.jp/information/category/press/8152.html
- 2012年1月、成人T細胞白血病の遺伝子発現異常とその原因解明 (Cancer Cell誌)
- https://www.k.u-tokyo.ac.jp/information/category/news/7778.html
- https://www.u-tokyo.ac.jp/focus/ja/articles/a_00458.html