研究室紹介

メディカルサイエンス群/基幹講座伊藤・遠藤研究室
(生命分子遺伝学分野)

 生命は多様な機能システムの集合体であり、それぞれのシステムにはさまざまな生体分子が関与する。個々の生体分子が協調して機能するための分子機構には基本的な謎が多く残されている。  例えば、タンパク質合成過程では、50種以上のタンパク質とRNAからなる巨大複合分子・リボソームを中心に、多数のtRNAや翻訳因子が加わり全体の反応が進行する。2000年には、細菌リボソームの全原子構造がX線結晶解析法により解明され、2009年度のノーベル化学賞を受賞した。この研究成果により、翻訳反応素過程の可視的な理解に拍車が掛かったが、その一方で、状況によりタンパク質合成を臨機応変に調節する環境応答機構や、合成されるタンパク質の機能性を保証するための品質管理機構といったヒトの疾患にも関わる高次なシステムを実現する分子機構の基礎的理解は遅れている。  我々の研究室では、大腸菌や酵母などの単細胞生物を、それぞれ細菌やオルガネラ、ヒトを含む真核生物細胞のモデル系として駆使する分子遺伝学的手法により、タンパク質合成系や膜輸送体系などのシステムの分子機構解明ならびに、これらから得られた基礎的知見を応用した合成生物学的手法による新規生物システムの構築を目指している。

研究キーワード
合成生物学、微生物分子遺伝学、蛋白質合成、遺伝子発現調節、tRNA擬態タンパク質
タンパク質合成系の高次制御機構解明

タンパク質合成終了を意味する遺伝暗号、すなわち終止コドンは、全ての生物種のタンパク質合成に必須である。アミノ酸をコードする他のコドンが核酸であるtRNA分子の介在により解読されるのに対して、終止コドンはタンパク質因子(ペプチド鎖解離因子:"RF")により解読されるという点で例外的である。また、終止コドンはタンパク質の合成終了以外の遺伝子発現シグナルとして機能することが明らかになってきた。
 我々は、これまでRFタンパク質が核酸であるtRNAの機能構造に擬態するという「解離因子-tRNA分子擬態仮説」を提唱し、その実証を進めてきた。翻訳終結の分子機構を明らかにすることで『なぜ現存生命の遺伝暗号システムが終止コドンの解読にtRNA擬態タンパク質を用いるのか?』の難問に答えたい。
 また、真核生物では、リボソームでの遺伝暗号解読の各反応過程において、tRNAや解離因子などに対してそれぞれ異なる相同性の高いEF-1AファミリーGタンパク質が機能するが、古細菌では、アミノ酸伸長に関わるtRNA、翻訳終結に関わるRFさらにmRNA品質管理に関わるPelotaの3種すべてに対し単一のEF-1Aが対応することが判明した。このことは真核・古細菌タンパク質合成過程には翻訳伸長・終結・品質管理過程に共通するtRNA擬態機能構造による未知の分子機構の存在を意味する。当研究室では、新たに見いだされた普遍的翻訳機構の解明をめざす。

新規な細胞機能制御システムの構築

これまでに、我々が研究しているタンパク質合成系をはじめ、様々な生命現象について、構成因子が同定され、その役割が明らかにされてきた。近年、生命科学分野の解析技術が著しく発展したことで、このような「還元的手法」による生命の理解が飛躍的に進展してきた。それに対して、必要な要素を組み立てて生命現象を再現しようとする「構成的手法」による生命現象の解明手法に注目が集まりつつある。我々は、従来の研究アプローチに加えて、得意とする分子遺伝学の手法研究アプローチを応用することによって、トランスクリプトームとプロテオームの間を埋めるタンパク質合成系の基本的な原理を統合的に理解することを目指している。新しい研究アプローチの開発によって、これまでにない切り口で生命現象をとらえること、さらには新しい応用価値を生み出すことができると強い期待を持って研究に取り組んでいる。

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