研究室紹介

情報生命科学群/兼担黒田研究室
(理学系研究科生物科学専攻 システム生物学研究室)

私たちの研究室では生命現象を制御するシグナル伝達経路を、細胞外環境の情報を伝達するための「通信路」とみなしその特性を理解することを目的としています。特に、分子の活性化などの時間パターンに情報を埋め込む「時間情報コーディング」の概念を世界に先駆けて提唱しています。シグナル伝達経路は複雑な相互作用により成り立っているため、従来のように個々の分子を生命現象に関連づけるだけでは十分に理解できません。そこで、私たちはシミュレーションモデル構築と細胞内の分子ダイナミクス計測を密接にフィードバックさせることにより、シグナル伝達経路の振る舞いを予測できるモデルの構築を行っています(図1)。さらに、複雑なモデルをシンプルにしてシグナル伝達の振る舞いの本質を抽出します。このようにヒトを含む哺乳類を中心としたシグナル伝達機構のシステム生物学が私たちの研究テーマです。

研究キーワード
システム生物学、トランスオミクス、代謝制御、糖尿病
  • Fig.1 Strategy of System Biology

シグナル伝達機構の情報コーディング

インスリン作用:インスリンは血糖を下げる唯一のホルモンで、生体のホメオスタシスを制御しています。血中のインスリンは複数の時間パターンからなり、その生理学意義も報告されていますが、その作用の分子メカニズムは不明です。「時間情報コーディング」の概念から、これらの時間パターンに複数の情報がコードされ、情報依存的に標的臓器の応答を個別に制御している可能性が考えられます。我々は、インスリンの時間パターンに埋め込まれた複数の情報が、一旦、AKTの時間パターンに多重にコードされ、下流の分子を個別に制御できることを明らかにしました(図2)。将来的には動物を用いた実験を行い、生体内における「時間情報コーディング」の実証とメカニズムの解明を目指しています。また、時間情報コーディングはインスリンに限らず広くシグナル伝達経路一般に認められる特性であることを見出しています。

細胞運命決定機構:PC12細胞では成長因子の刺激に応じてERKが活性化し、増殖または神経分化が誘導されますが、ERK活性化が一過的な場合には増殖が、持続的な場合には分化が誘導されます。つまりERK活性化の時間パターンにより細胞の運命が決定されます。私たちは刺激の増加速度と最終濃度がそれぞれ一過性あるいは持続性ERKの活性化を制御していることをシミュレーションから予測して実験により実証しました。現在、ERKやc-FOSなどの分子の活性化などを一細胞レベルでの分布データをもとに、シグナル伝達経路がどの程度正確に情報が伝達できるかを情報理論の観点から解析しています。

トランスオミクス

私たちは個別の研究によるボトムアップアプローチの限界を克服するため、複数階層を網羅的に測定し、多階層にまたがる大規模ネットワークを同定するトップダウンアプローチである「トランスオミクス解析」の手法を確立しました。現在までに、インスリン作用を題材に、メタボロームやリン酸化プロテオームの共同実験を行い、多階層にまたがる代謝調節経路をデータドリブンに同定しました(図3)。これによりインスリン作用の経路の全体像が初めて明らかになりました。この手法により、さまざまな生命現象のネットワークの全貌を明らかにすることができます。

人材の多様性が創造性のカギ

システム生物学には生命科学や物理、工学、情報、数学などの基本的な知識も必要です。私たちの研究室ではさまざまなbackgroundの人が参加しており一つのラボで異分野融合を目指しています。

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